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07月21日はヘミングウェイの誕生日

おいら、記事を書くのが遅いから、日にちが変わって、とんまな記事になってしまった。

1899年07月21日に、あのヘミングウェイは生まれたとな。


1899年
0歳   (明治32年)
アメリカ合州国イリノイ州シカゴ市の現在は国際空港の近くになる住宅地オ−ク・パ−ク(当時はシカゴ市とは別個の行政都市)で、医師であった父クラレンス・エドモンド・ヘミングウェイと母グレイス・ホ−ル・ヘミングウェイの第二子としてして誕生。ア−ネスト・ミラ−・ヘミングウェイと命名される。姉一人、弟一人、妹三人の六人兄弟の長男として過ごす。父クラレンスは禁酒禁煙で勤勉という保守的なプロテスタントであったが一方では、魚釣りや狩猟を好んだ。母グレイスは音楽と絵画制作にいそしみ、声楽家として生徒に教えるほどだった。つまりやや富裕な典型的中産階級の家庭環境が用意されていたということになる。




・友情の基礎を作るには、まず女と恋をしなければならない。
byヘミングウェイ


・一人の女しか愛さない男はしばしばもっとも幸福な生活を送るが
死ぬときはもっとも孤独な死にかたをする。
byへミングウェイ


・あちこち旅をしてまわっても、自分自身から逃れられるものではない。
byヘミングウェイ




1961年
享年61歳   (昭和36年)
1月に退院後、未完成の『移動祝祭日』を書き進めるが4月末に再度入院。6月に退院がゆるされるがアイダホ州ケチャムの自宅に帰りつい翌日の7月2日午前7時30分頃玄関応接間で死亡。猟銃の手入れ中の暴発による頭部損傷の事故死と発表されているが、父親と場合と同じく、銃による自殺と認識している人は多い。20日後に控えた62歳の誕生日をついに迎えることはなかった。遺骸はケチャム墓地に埋葬。また遺言でキュ−バにあったラ・ビヒーア邸はキュ−バ政府に寄贈され、現在はヘミングウェイ博物館として蔵書、書斎、タイプライタ−、写真、手紙、動物剥製などが保存管理され一部一般公開されている。



旅すらしてないなあぁーー!
旅でもして、もがいてみようか?

貴重な人は?
偉大な人は、なぜに自ら人生を断つのだ!

P-132
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by doxx | 2005-07-22 01:20 | 今日はどんな日
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たあ〜〜んと、見てくれてありがとね。”ねごと”